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思いの丈☆宅配便

書いて読んで繋がりませんか!

本当の優しさについて

ひと、で摂食障害に苦しんだ塚田万理奈さんを知る。 

彼女は大学3年の時に、将来が見通せないストレスで食べ過ぎ、ダイエットに取り組んだ。

結果、細くなるのが嬉しくて体重は30キロになり、体重の戻りが怖くて吐き、空腹で眠れない日が続いた。母親には、泣いてキレたそうだ。

そして、病院へ行き、病院で知り合った女性のこんな言葉で救われた。

「 あるがままでいいのよ 」

この彼女と家族の 「 ダメな私を受け入れ、寄り添ってくれる 」おかげで、1年後に「 大丈夫だ 」と思えるようになった。

 

塚田さんが、この自分の体験をもとに摂食障害を描いた映画が、5月に東京、6月に大阪で上映される。

撮影現場では支えてくれた人たちのやさしさを思い、何度も泣いたそうだ。

彼女は、こんな言葉を残している。

「 生きることに痛みを感じる人は、やさしくなれる。」

 

誰だって、優しい人になりたい。

形だけの優しい人になるのは、簡単だ。

でも本当の優しさを知っている優しい人になるには、ハードルが高い。

なぜって、それは、誰も辛い思いはしなくないから、体験がない。

あってもその中身が薄い。

 

本当の優しさは、辛い•苦しい•悲しい体験を数多くした人じゃないと分からない。

どうすれば、辛苦悲を分かち合えるか?

言葉じゃない。

目を見て、相手の口から溢れる言葉を全て、聞いてあげることかな。

そして、楽な道としんどい道があるならば、後方を自ら選ぶこと。

 

この世には、色んなタイプの人がいるけれど、優しい人で一杯にしたいなあ。

真央ちゃん、感動をありがとう

朝刊の浅田真央引退ブログの記事に、目が釘付けとなる。

そして、私達の真央ちゃんへの思い纏めた新聞記者の言葉にぐっときた。

ご紹介する。

それは、最愛の母を亡くした悲しみに対して書かれたものでもあった。

「 悲しみを抱え努力を重ねる姿が人の胸を打ち、リンクを下りたときの素直さと優しいほほ笑みは、誰からも愛された。国民的ヒロインが、勝負の銀盤を去る 」

更に、過去全米選手権で三連覇のジョニー・ウィアーからの言葉も添えておく。

「 真央ちゃん、我々のスポーツにあなたの輝き、あなたの強さ、あなたの壮大さをありがとう。あなたは選手生活を通して本当に多くの人々を感動させてくれた。あなたの引退が幸せなものでありますように 」

 

真央ちゃんに国民栄誉賞が贈られますように、と思う。

愛子さま❤️高等科入学

土曜日の4月8日、皇太子家の愛子さまが学習院女子高等科の入学式に出席された。

インタビューでも、「 先生やお友だちと一緒に、充実した高校生活を過ごすことができればと思っています 」と爽やかに抱負を述べられた。

お顔が中学時に比べで、細っそりとされていたが、激痩せと騒がれた時よりはふっくらとされていて、ほっとした。

側の皇太子さまも雅子さまもニコニコして見守っておられ、こちらまで、その喜びを頂けたので嬉しかった。

利発でいらっしゃると聞いているので、ますます勉学に励まれ、大人の女性として、伸びやかに成長していかれますようにと祈った。

仕事の選び方

自分のやりたい仕事について考える時、皆様は、何を重要視されるか?

やっぱり、好きなものを基準にするかな。

ところがどっこい、そうでない人もいた。

それは、折々のことばで知った。

 

「 自分の中の『 N O 』を知っていることが、羅針盤となることもあるのだ 」

 

ある写真家は、かつて勤め人だった時、妻に今の仕事をずっと続けるつもりかと問われ

もちろんと答えると、「 は?つまらん 」と言い放たれた。この反撃に「 フツウはこうする 」に流されないのが自分の性分だったと気づいたから、「 やりたくない 」ことを一つ一つ外したのち、今の道を選んだそうだ。

 

改めて多人多色が実感される話である。

私達は、あくまで「 普通 」という基準で物事を判断する。

でも、カチンとくると全く違う発想も浮かんでくる。

時には、穏やかな感情に、波を立たせていくことも大切。

そこで、個性が浮き上がる。

 

皆様も、そして斯く言う私も、こんな考え方で、物事を捉えてはどうかな。

仕事という三度の飯の次に生きる指針となる事も、よりリアルに刺激的に変わるのではないかな。

 

 

寺島しのぶの母心に拍手👏

寺島しのぶの4歳の長男が、初舞台を踏むことが決まった。

そのインタビューの後の、寺島しのぶの言葉がいい。

「 これがやりたい、あれがやりたいといってもそう簡単に、いくものではない。そこは彼の自主性に任せたいと思う 」

 

歌舞伎界に生まれたが、女性であるが為に、歌舞伎役者として舞台を踏むことは出来なかった。

その悔しさは、文字で目にした。

それを知っているだけに、フランス人のアートディレクターとの間に男児が誕生したと聞いた時は、心からおめでとうと思った。

更に嬉しかったのは、彼女が決して出しゃばっておらず、息子を見つめながら言葉を選んでいたことだ。

 

きっと、ご自身のお母様と同じ母としての道を進んでいかれるのだろう。

母になって知る母心かな。

より母性に満ちた母親になっていかれることを、見守っていきたい。

 

『 歌舞伎界初〝日仏ハーフ〟眞秀( まほろ )君 』

に乾杯🥂。

麻央さんへ💐貴女が元気でいることの意味

新聞にも、ブログにも、『 麻央さんブログ 読者200万人達成 』のお祝いの文字が載った。

正直、200万人がどの位なのか想像もつかない。

それ位に、沢山の方が、読まれているということ。

みんな、麻央さんが生きてることが、嬉しいし、励みだし、自分も精一杯生きようと思わせて貰ったに違いない。

だから、感謝の気持ちを伝えたい。

 

少し前に、娘さんのれいかちゃんが、「 今まで頑張ってきたのだから、まだ頑張りなさい 」とお母さんを叱ったことがあった。

麻央さんの今日の裏に、家族の支えがあったことは忘れてはならない。

 

果たして5歳の頃の私に、れいかちゃんのようなことが言えたか?

言えるわけがない。

彼女は、精神年齢が高く、芯の強い子だ。

そして、お母さんが大好きでもある。

 

麻央さんが元気でいることの意味は、支えてくれている家族の深い愛に応えること以外、ない。

 

私達は、「 え? 麻央さん、まだ生きてたの? 」と

言って、貴女のご希望に添えたい。

 

どうぞ、緩やかな時が流れていきますようにと祈る。

 

 

世の中は、こども と もと こども でできている

 このことばは、童話作家富安陽子の言葉である。

意外に気付かず、忘れてしまっている。

思わず、私も最初はこどもだったじゃない、と背筋を正したくなったと同時に、反省の念が込み上げる。

なぜなら、知らぬ間に、現在のこども

 

 

に対して、生意気な口調を繰り返ようになっていたからだ。

    当たり前に、昔自分がこどもだった頃は、大人が疎ましかった。

どうして、もっと同じ気持ちになってみてくれないの?って心の叫びをぱんぱんにしていた。

なのに、いつの間にか20歳を過ぎて、世間的に大人だと認められると、あの頃のことを忘れてしまった。それは、実に悲しいこと。

でもね、今でも、虹を見た時の込み上げてくる感動や、温かい言葉に触れて涙が目に浮かんでくることはあるの。

これは、これからもずっと持ち続けていきたいな。

そう、私も昔は、こどもだったのだから。