思いの丈☆宅配便

書いて読んで繋がりませんか!

自分の人生を使い切ること

今年、ブログで何度も書かせて貰った樹木希林さんの言葉だ。

今朝の天声人語から、再再再度登場願う。

思わず、惹きつけられる魅力が、希林さんの文章にはある。

 

日ごろから心がけたのは、身の回りの始末である。毎朝、ひとしきり掃除をする。服はボロボロになるまで着る。「長くがんと付き合っていると、『いつかは死ぬ』じゃなくて、『いつでも死ぬ』という感覚なんです」

 

彼女の言葉には、がんを別ものと捉えなかった人の見方が分かる。

どんな裕福な、生きていく苦労すら経験していない人でも、平等に訪れる死。

そこから目を逸らさず、逃げず、真摯に向かいあって生きてきた毅然さに、敬意を払いたい。

 

最後に、皆様に、投げたい言葉がある。

 

明日、現世にさよならをしなければならないとしたら、何かやり残したことはありますか。

 

樹木希林さんの死生観にガッテン

今朝の新聞記事に、樹木希林さんの死生観が載っていて、一息に読んだ。

そして、この言葉が、頭にこびりついた。

「死ぬことは 誰かの心の中で生き続けること」

 

60歳で、希林さんは乳癌になる。

その時に、生と死が一体なものだと気づいた。

そして、この言葉を残す。

「病が不幸なんて。もったいない。がんは特に残り時間が読めるからありがたいわよ」

 

私達は、病気や事故に遭うと、どうして自分だけがこんな目に遭うのだろう。とそうでない人を妬み、羨む気持ちが起こる。

本などで、自己を見つめ直すとあっても、本当の真意は掴めない。

希林さんの言葉には、残り時間が読めるという大きなヒントがあり、勇気を貰う。

 

「死ぬことは 誰かの心の中で生き続けること」

 

そうありたい、と素直に思い、温かい気持ちになれた。

またしても、希林さん、教えて頂いてありがとう。

樹木希林さん、ありがとう

樹木希林さんが、亡くなられてから、幾度となく目にした言葉がある。

その言葉は、私のこれからの背中を押して貰った。

まず、ご紹介する。

「楽しむのではなく、面白がることよ。中に入って面白がるの。面白がらなきゃやっていけないもの、この世の中。」

実はこの楽しむということが、出来なかった。

しかし、周りの人は、よく、言ってきた。

「もっと楽しもうよ。楽しまなきゃね。」

一人、つまらなさそうにしているのが、目立ったのかなあ。

 

それを考えていたら、ある方が、こんなことを書かれているのを目にした。

「面白がるのは、一種の覚悟が必要。どのように関わっていくかだから。そこを、この状況をどう受け止めるか、ここから何を学べるだろうか、と切り替えたら楽しくなってきた。それは、被害者でも犠牲者にもならない。この感覚があれば、絶望はない。」

これを読んで、とっても元気になった。

そうだ、この考え方だ。 

物事を突き詰めて考えて、出口まで来たから、今度はドアを開けて、気持ちのスイッチを360度切り替えよう。

しんどいことも多いのが世の中。

よっしゃあ、任しとき。

逆の発想で、面白がって、楽しんでみるね。

 

世界水泳北島康介選手の言葉「うまくいかないって面白い」は、遥か先だけど、そうもなりたい。

 

樹木希林さんは、そのことをきちんと分かって、乗り越えられていた。 

やっと、その言葉の真意が体得出来た。

樹木さん、ありがとう。

私は、もうちょっと現世で修行してから、そちらに行かせてもらいます。

もしそちらでお会い出来たら、お話しして下さいね。楽しみに、ワクワクしています。

それでは。

 

人生、七味とうがらしに、響いた

人生、七味とうがらしは、今朝の折々のことばにあった。

早速に皆様に公開。

うらみ、つらみ、ねたみ、そねみ、いやみ、ひがみ、やっかみな7つの性は、いずれも自他の比較に由来する。

皆様は、これら7つの意味を、全て説明出来ますか。

それでは、説明をいってみよう。

うらみは、恨・怨・憾と書く。

意味は、他からの仕打ちを不満に思って憤り憎む気持ち。

つらみは、辛と書く。

意味は、つらいこと。

ねたみは、妬と書く。

意味は、自分以外の誰かに対して、その人の持つ優秀な点や自分にはないものを考えて、羨ましいという感情や憎く思う感情。

そねみは、嫉と書く。

意味は、人を羨ましがったり、自分に劣等感を抱くこと。

※ ねたみとそねみは、区別が付きにくいので、補足。

そねみが、他人に対して羨ましいという気持ちを抱くことであるのに対して、ねたみは、悪意が他人へと向かっていること。

いやみは、嫌と書く。

意味は、他人に不快感を与える言動で3つある。

①言葉

②相手にとって不快を感じるような気取った素振りや外見。

③相手の真意に関わらず、不快なものとして受け止めること。

ひがみ、僻と書く。

意味は、ひねくれた考えや気持ち。

やっかみは、漢字なし。

意味は、主に関東言葉で、うらやみ、ねたみ。

ねたみは、妬と書く。

 

人生、七味とうがらしとは、粋な言葉だ。

私達は、出来るならば、これらの7つの性は、避けたいと思っている。

が、他人とのしがらみの中で生きているので、避けて通ることも不可能である。

これを書かれた「ある占い師」は、これと正面から向き合うことで人生の味わいも一層深まると、七味とうがらしという言葉を使った。

 

さあ、皆様はどう扱いますか?

七味とうがらしにするか、タバスコにするか、コチュジャン…。

 

楽しむことも一つだと教えて貰った。感謝。

 

夏、救いの手は、すぐ近くにある

18歳以下の悩み受付の相談電話(チャイルドライン)☎︎0120-99-7777 が開設20年を迎えた。

秘密は守る。途中で切るのも可。のルールで毎夜9時まで切れ目なく電話が入る。全国二千人のボランティアが年間20万件の相談を受ける。

聞き手側のポイントがある。思わず頷いた。

ご紹介したい。

「救いたい、教えたいと力が入る大人には心を開いてくれません」

聞き手は説教したり、会って励ましたりしたりはしない。耳を傾け、共感することで、孤独の淵にいる子どもたちの支えになる。

 

年齢を重ねてくると、経験を得て、色々なことが体得出来るようになると、どうしても口が先にたつ。そして、恩着せがましくなったり、上から目線になったりしてしまう。それは決して出しゃばろうなんて思ってない。問題が起こる前に、それを未然に防いであげたいと思う親切心からくる。

私達は、曲がりくねっても大人になれた今、お世話になった昔の先輩方に、恩返しをしたい。

アドバイスを頭と心にしっかりと受け止めて、まずは深呼吸かな。

そして、救いの手の一つになりたい。

 

平成生まれの若者たち、何でも聞いてあげるからね。

 

最近は、ラインでも悩みごと相談に対応してくれるところがあるらしい。

チェックしてみてね。

 

人生、顔じゃない〜の折々の言葉

朝から、炭酸水を飲んだような気分爽快感が現れた。

ひさびさに、朝日新聞の折々の言葉を引用する。

「人生、顔じゃない。顔になっていくのが、人生なんだ」

詩人の田村隆一さんの言葉である。

 

若いうちは、誰も理解が不可なこと。

顔というのは、言っても 見た目なので、親から頂いたパーツの一つ一つや、バランスが取れていたりして 好印象を貰える人を見ると羨ましいもんだ。

まして、喋らなくても、居るだけで存在感がある顔の人の側なら、逆に、落ち込んでしまう。

それが更に、話す言葉も標準を越えていたりすると、妬んだりもしてしまう。

就職活動は、特に、これが悩みの一つになる。

でも、これは、物事の最初の頃だけだと認識して欲しい。

恵まれた顔の「顔に甘え」た人は、自分自身の内面を切磋琢磨することなく、中年まできてしまう。

だから、一生懸命を蔑ろにして、中身のない人生を送り兼ねない。

しかし逆に、見た目の顔で苦労した人は、まず見た目を良くする為に、笑顔を習慣化したり、心で泣くということを当たり前にする。

喜びは、惚れ惚れするいい顔となる。

このいい顔は、常に自分の顔と向き合ってきた人にだけに与えられる神さまからのプレゼント。

かく言う私も若い時、容姿端麗ではなかったので、漠然と、いい顔の人にないたいと強く願った。

不器用だったので、努力して形にする喜びを覚えた。

結果、一年や二年での顔の変化は無かったが、三年から五年で、生き生きした顔を貰った。

人の心の表と裏を分かり、寂しさを知って涙し、辛い人への声掛けが出来るようになった。

だから、田村さんの「顔になっていくのが、人生なんだ」が分かりすぎるくらいに分かる。

 

若い人は今、何でもスマホで撮って、インスタにアップされる。面白いものも多い。

だから、毎年、ご自分のお顔を撮って、スマホアルバムにされることをお勧めする。

五枚くらい溜まったら、見比べてごらん。

その変化が、ご自分の生きてきた、言い換えば努力した結果だからね。

美じゃなくて、中身の濃さを求めていきましょう。

楽しいから。

 

栗原はるみの居場所

季刊誌が出た。

キッチンから心をこめて、に目が急いだ。

「まったくの専業主婦だった私が、外国で英語で料理を教えるようになるなんて、ほんとうに夢のような話です。これも英語の勉強をコツコツ続けてきたかしら。70歳は過ぎたけれどやりたいことはいっぱい。料理家として力をつけてきた子どもたちにも負けてはいられません。そのためにも自分の努力でつかんだと実感できる居場所が欲しい。ハワイには私を待ってくれる人々がいる。私だからこその役割がある。大げさにいうと自分の人生を確かめに行く場所、それがハワイなのです。」

彼女は、ハワイの食の魅力を世界に発信する『フード親善大使』を任されたのがきっかけで、ハワイの食材を使った栗原はるみの料理をイベントで披露したりする中で、さまざまな人との出会いがあった。

そのひとりハワイ州立大学の先生から、日本の家庭料理を教えて欲しいという話を貰って、年2回ハワイに行くことになった。

 

人の人生は、何が幸いするか分からない。

とすれば、彼女のように常にアンテナを周りに向けて、発信した方が絶対にいい。

私もやっと、自分のやりたいことが朧げながら見えてきた。

いつか、彼女のように、自分の居場所を手にしたい。

いやあ、きっと、日本にいくつも出来るかも。

ぐっと、彼女に背中を押して貰えた。

感謝である。

 

最後に、彼女の言葉を書いてエンドとする。

 

「料理と英語、一生懸命続けてきてたどり着いた場所ハワイに行くと心身ともに解放されます」